歯石取りでわんちゃんの歯周病本当に治ってますか?
2023年12月21日
わんちゃんのお口の問題で最も多いのが歯周病です。
歯周病の治療=歯石取りと思っていませんか?
これは半分は間違った認識です。
病院で歯石を取ってもらったのに、すぐにお口が臭うことありませんか?
せっかく麻酔をかけて歯石取りをしたのに、歯を失う場合もありますよね。
今回は
「歯石取りと歯周病の治療に関する正しい認識」
についてお話をさせていただきます。
この記事を参考にしていただき、正しい知識を持ち正しい歯科治療を受けてわんちゃんのお口の健康を守ってください。
「歯石取り≠歯周病治療」
歯石取りは、歯周病治療のごく一部です。
歯石取り=歯周病治療ではありません。
問題は、獣医師も飼い主さんも正しい認識ができてない状態で歯石を取る事です。もちろん中にはきちんと理解している獣医さんもいます。
歯石取りを考えているなら、きちんとした歯周病治療をしてくれる獣医さんに治療してもらいましょう。
このことは別の記事でも書いています。詳しくは以下の記事をご覧ください。
動物病院選び:皆さん歯が痛かったらどこで診てもらいますか?
歯周病に対してよくある間違った認識の例として、
- 歯石=病気
- 歯石=歯周病
- 歯石=歯が黒い=虫歯
- 歯石が取れて歯がきれい=歯周病が治った
- 歯石を取りましょう=歯周病を治しましょう
- 歯の汚れが少ない=歯周病ではない
- 歯の汚れが少ない=まだ歯科処置をしなくてもいい
などがありますが、これらはすべて正しい認識とは限りません。
以下、これらが理解できるように説明をしていきたいと思います。
歯周病とは?
まず初めに、歯周病はれっきとした病気です。
歯周病をわかりやすく例えると、歯周病は
「ばい菌と体の戦い=炎症」が起きている状態です。
〇ばい菌=敵の兵隊
〇免疫の細胞と免疫システム=自国の兵隊と防衛システム
〇炎症=敵と自分の免疫(自分の兵隊)との戦い
〇ばい菌は、自分の心地の良い場所を求めて領土を広げたい。さらにばい菌という仲間を増やしたい。
〇免疫は自分の体を守りたい。一番大事なのは被害が拡大しないこと。そして命を守る事。だから、歯を捨ててでも命を守る。
となります。イメージができたでしょうか?命を守るために歯が失われるのです。
治療とは?
治療と言うのは
病を
治すことを言います。
歯周病を治すというのは
「ばい菌との戦い」を終わらせることを言います。
その為にばい菌との戦いが起きにくい環境を作ることも治療のひとつです。
さらに
戦いで傷ついた体の修復を助ける治療もあります。
歯石とは?
ではばい菌との戦いの中で
歯石がどういうものなのかをしっかり確認していきましょう。
歯石は、歯の表面のプラーク※に、唾液等に含まれるミネラル(カルシウムなど)が付着して固まったものです。
- プラーク=歯垢(ばい菌とばい菌が作り出したネバネバのバリア)。プラークの状態の細菌は、薬剤などに耐性を持ちます。防弾チョッキやヘルメット、盾で防御した状態の兵隊のようなものですね。
歯石そのものは名前の通り石のような物なので、それ自身は組織と戦うことはありません。
ただし、
歯石表面は多孔質で穴ぼこだらけなので、ばい菌が付きやすい状態になっています。
歯の上に、徐々に築かれていく要塞のようなものです。誰もいない要塞では戦いは起きませんが、要塞にいる敵はやっつけるのが困難になります。
歯石そのものは悪くはないですが、プラークが付きやすくなるので取った方が良いのです。
また、体の組織は歯には接着しても、歯石には接着しません。歯石があることで体の治癒が阻害されてしまうのです。
歯石については理解していただけたでしょうか?
なぜ「歯石取り」では歯周病が治らないのか?
では、なぜ一般の動物病院で歯石を取る事が歯周病の治療に繋がらないのでしょうか?
そこには大きく分けて3つの要因があります。
- そもそも、治療に当たっての診断をしていない
- 最も重要な部分の歯石が取れていない
- 敵が毎日常に進行してきているのにそれに対して不十分な対応しかしていない
それぞれの要因について説明していきます。
①そもそも、治療に当たっての診断をしていない(診断がついていない問題)
治療と言うのは病気に対して行われるものです。病気かどうかは、まず診断をしなければなりません。
また、診断には
何の病気かどうかという診断と、
どの程度悪いのかという診断があります。
例えば、あなたが50歳でしばらく前から胃が痛いのが続いていたとします。
昨日嘔吐をして、そこに少しだけ血が混じっていました。心配になって病院に行ったら、医師にはおなかを触診されただけで「手術をしましょう」と言われました。
もちろん、「え!」ってなりますよね。検査はしなくていいの?診断(病名)は何?リスクは?どの程度悪いの?少なくとも、もう少し説明をしてよ!
って思いませんか?
場合によっては手術をしてみなければわからない病気もあるので、手術をしたとしましょう。手術が終わったら、「終わりました。きれいになりましたよ。」と言われました。
「え?どこがどんなふうに悪かったの?どんな手術をして、この後どうすればいいの?」
ってなりませんか?
でも、これがわんちゃんのお口になると、お口をぱっと見て
獣医師「歯石が多いですね歯石取りをしましょう。」
飼い主さん「はい、お願いします」
獣医師「終わりました。ほらキレイになりました。グラグラしていたから抜きました。」
といったことが多いと思われます。(実際、自分が新米獣医の時の認識がまさにこれでした。)
診断名(仮診断)、ステージ(進行度合い)、ステージにあった治療の説明、今後のリスクなどの説明などが足りないのではないでしょうか?
とはいっても、歯周病の診断は麻酔をかけてからでなければ行えません。事前にそのことの説明はあるでしょうか?
実際には、わんちゃんの歯周病はきちんと診断がされていない場合が非常に多いと思われます。どのくらい悪い状態なのかという診断にはレントゲンが必須になります。さらに、どこが悪いのかを調べるためにはプロービングという検査も重要です。
もし、わんちゃんの歯科処置(歯石取り)を受けられたことのある方は思い返してみてください。
- 歯科処置を受けて歯のレントゲンを見せてもらって説明を受けられましたか?
- 42本ある歯のどの歯がどの程度悪かったのか説明があったでしょうか?
- 処置内容についての説明はあったでしょうか?
これらが無かったとしたら、きちんとした診断ができていない可能性もあります。診断ができていないということは、病気かどうかも分かっていないということになります。
歯周病だから治すのであって、歯周病が無い部分は治しようがないのです。
また、どの程度悪いのかを記録していないと、次にチェックしたときに改善しているかわからないのです。わからない=治ったかどうか言えない、ということです。
診断がついていない=病気かどうかも怪しい。治った評価ができない。治療も決められない。
これは、歯石取りで歯周病が治るという以前の問題ではないでしょうか?
②最も重要な部分の歯石が取れていない
最も重要な部分とは歯ぐきの裏、歯周ポケットの中の歯石です。これを取らなければ歯周病は治りません。
ただ、この部分の歯石を取ることはそれほど容易ではありません。
まずわんちゃんの歯は42本(人は28~32本)あり、その360度の歯肉の裏を十分に確認するのは非常に困難で時間がかかります。
また、そこに歯石があったとして適切な器具を適切に使用して歯ぐきを傷つけず、歯も削らずに除去しなければなりません。この作業は、人間の場合はしっかりと教育を受けた歯科衛生士さんが行う作業となります。熟練した衛生士さんは、手指の感覚で見えないポケットの中の小さな歯石を感じとって除去します。(今は衛生士さんもマイクロスコープ:手術用の顕微鏡を使って目視で取るようになりつつあります)
人間ではこの作業は何回かに分けて、さらに複数回行うこともあります。(歯周基本治療)
わんちゃんではこの作業を、麻酔をかけた一回で行わなければなりません。それだけでも時間がかかります。
また、歯石と言ってもはっきり目で見える茶色いものだけではありません。当院ではマイクロスコープという手術用の顕微鏡を用いて歯科処置を行っています。それを用いるようになってから、肉眼で行う処置では小さい歯石の取り残しが起きていることがわかりました。
マイクロスコープについては以下のページもご参照ください。
動物歯科ページ
さらにマイクロスコープに加えて、当院では超音波スケーラーやハンドスケーラーを用いて歯の根っこの周りの歯石を最大限取るようにしています。
当院で使用している歯科用機器について、詳しくは以下のページをご覧ください。
歯科用機器紹介ページ
それでも歯石の取り残しは起きてくるので、治らない場合は歯茎を切ってめくって見える状態にして歯石を取る場合もあります。(歯周外科、歯周組織再生治療などと呼ばれます。)
これらが、動物病院で行う治療と言える部分です。
③敵が毎日常に進行してきているのにそれに対して不十分な対応しかしていない
簡潔にいうと、
歯磨きができてないからです。歯石取りをすれば歯周病が治るという認識が間違いなのです。
歯石は先述の通り、あくまで要塞のようなものです。倒すべき敵はプラークですので、歯周病を治そうとすればプラークを減らさないといけないのです。
きちんとした歯科処置では、もちろんその場でプラークを含めて除去します(デブライドメント)。ただし、いくら徹底的にきれいにしたとしても、プラークは常に増殖してきます。無限に湧き出てくるゾンビの敵のようなものです。
皆さんも一日歯磨きをしなければ歯がザラザラになりませんか?あれがプラークです。そして、そのプラークをやっつける効果的な武器および戦略が歯ブラシとブラッシング(歯磨き)です。
病院によっては歯石取りをする際に、歯磨きの重要性を十分に説明できていないのではないでしょうか?
歯周病を治すためには、適切な歯科処置(歯石取り含む)+毎日のプラークコントロール(歯磨き)が必要なのです。
いくら良い歯石取りをしても、歯磨きがなければその効果は十分に発揮できないのです。効果のイメージを数で表すと掛け算になります。
病院での歯科処置 × おうちでの歯磨き
- 見える部分の歯石取りのスコア=1
- 病院でいい処置ができた場合のスコア=10
- 歯磨きを全くできてない場合のスコア=1
- 歯磨きトレーニングを受けてほぼできている=10
【パターン①】病院での処置:見える部分の歯石取り × おうちでの歯磨き:していない
[1]×[1]=[11] 効果のスコアは1
【パターン②】病院での処置:いい処置 × おうちでの歯磨き:していない
[10]×[1]=[10] 効果のスコアは10
【パターン③】病院での処置:見える部分の歯石取り × おうちでの歯磨き:できている
[1]×[10]=[10] 効果のスコアは10
【パターン④】病院での処置:いい処置 × おうちでの歯磨き:できている
[10]×[10]=[100] 効果のスコアは100
歯石取りだけでは効果が低いのはわかりましたか?
②の歯磨きなしだと当院ですごくいい処置をしても、最もよくない①との違いは9スコアだけです。
それが歯磨きとのコラボをした④になると、①に比較して99もスコアが上がります。
いかがでしょうか?あくまでイメージですが、なんとなく大事な事は伝わりましたか?
皆さんは、歯石取りをお願いした動物病院でそのような説明をきちんと受けましたか?
また、歯磨きのやり方を教えてもらっていますか?
歯磨きの大事さと難しさ、やり方はまた別の記事にするつもりです。
まとめ
「歯石取り」では歯周病が治らないのは、
- そもそも、治療に当たっての診断をしていない
- 最も重要な部分の歯石が取れていない
- 敵が毎日常に進行してきているのにそれに対して不十分な対応しかしていない=歯磨きができていない
ということは
- 歯周病の診断をきちんとする(報告を受ける)
- 重要な部分の歯石を取る
- 歯磨きをする
これらをすれば、現時点で最善の治療となります。
是非これらを意識していただき、わんちゃんの歯周病を治してあげてください。
この治療を担当した獣医師
獣医師 樽野 謙太 /
たるのどうぶつ診療所(院長)
鳥取大学2008年卒、岡山県内の動物病院を勤務、2014年たるのどうぶつ診療所を開院。
動物歯科診療をはじめ、ワクチン予防接種や一般的な動物診療など幅広く診察を行っています。
治療を通してわんちゃん・ねこちゃんとのより良い関係を築いてほしい。
そのような想いをもってより良い獣医療の提供に努めています。
資格 |
獣医師免許
日本小動物歯科研究会レベル4認定
ペット栄養管理士
|
詳しいプロフィールはこちら
犬・猫の歯周病について
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