歯石取りと歯磨きで歯周病が治ったわんちゃん
2022年7月31日
本症例の記録
犬種:ミニチュア・シュナウザー
性別:メス
年齢:4歳
体重:4.5㎏
お住まいの地域:県外
はじめに
皆さんはお口の処置:歯石取りをされる目的を意識していますか?
歯石をとることですか?
口臭をなくすことでしょうか?
痛みをとる事でしょうか?
先生にしましょうと言われたからでしょうか?
本来は
「歯周病という病気を治す」 ために処置をするべきなのです。
当院では「歯周病を治して、再発しないこと」を目的に歯科処置を行っています。
今回の症例は理想的な歯科治療を行うことができている子になります。
皆さんが想像している歯科治療と比べてみてください。
当院における歯周病治療の基本的なスケジュール
①初診 問題の把握、全身状態のチェック、口腔内のチェックによる仮診断、治療方針の決定
②麻酔下での歯周検査および初回処置(イニシャルトリートメント=お口のリセット)
③定期的なブラッシング指導およびホームデンタルケア
④麻酔下での再評価、治療効果の判定、追加の治療(リトリートメント)
⑤定期的なブラッシング指導およびホームデンタルケア
⑥麻酔下で歯周検査およびメンテナンスもしくはSPT*、追加治療
以下⑤⑥の定期的な繰り返し。ただし間隔は必要に応じて調整
*SPTは歯周病が進行しない=維持のための治療
理想的な歯科治療は残念ながら一回の処置では終わりません。
この点は大事なので知っておいてください。
本症例の紹介
本症例はこの記事を書いている時点で上記の流れの⑤まで進みました。
当院の歯科診療の事を知ってやや遠方から来院されました。
ご自身で歯磨きはずっとされていたとのことでした。
ホームドクターでは歯周病についての指摘はなかったようです。
①初診時
前歯が気になるとのことでした。
オーナーの希望としては全身の健康を第一に、かつ歯も維持されたいという希望でした。
一見それほど歯石が多くは見えません。
特に歯ブラシが当たりやすいところにはほぼ歯石がないところを見ると飼い主様が頑張って歯磨きをされていたことがわかります。
ただ、仮診断は歯周病の中等度歯周炎(歯を支える骨が中程度喪失している)としました。
なぜ歯磨きをしていたのに歯周病という病気になってしまったのでしょうか?
それは、「歯ブラシをしていること」と「歯が磨けている」ことは別の事だからです。
この子の場合歯ブラシはされていたのですが、歯が磨けていなかったのです。
このままでは歯周病が進行してしまう事、きっちりした診断が必要な事をお伝えして麻酔下での歯科処置の予定を立てました。
この際、どうしても残せないものや検査での判断で必要があれば抜歯もやむを得ないことを伺いました。
②検査およびイニシャルトリートメント
当院は麻酔下で行う一連の作業を歯科処置と表現しています。
当院の歯科処置のうちイニシャルトリートメントでは、
・全顎の写真撮影
・歯周検査(プロービング)
・全顎の歯科レントゲン検査
・歯冠(見える範囲)の歯石除去
・助けられない歯の抜歯
・歯肉縁下のデブライドメント(見えないところのプラーク及び歯石を取る)
・歯周外科処置:深いポケットの中の汚れを取るために歯ぐきを切ってめくる処置など
・ポリッシング
これらの作業を行っています。
*歯周外科処置は本来なら歯肉の腫れが収まってからしたいのですが動物では初回でせざるを得ない場合もあります。
以下抜粋して内容を説明します。
検査
このうち歯周検査と歯科レントゲン撮影が歯周病の検査です。
この検査を基に一本一本の歯が歯周病なのかどうか。
また歯周病ならどの程度悪いのかを診断します。
これらの検査結果は以下のようなチャートに記載しておきます。
このチャート(表)が歯周病の治療には非常に重要です。
これがないと診断もできない(根拠が不明)ですし、再評価時に治療が本当に効果があって歯周病が治ったかどうかがわからないのです。
またレントゲンでは今回複数の箇所で以下のように歯槽骨という歯を支える骨が溶けていました。

右側の写真は溶けてしまっている骨の位置(黄色い線)と本来の骨の位置(青い線)をわかりやすくした画像です。
ちなみにそこの部位の状況は下の写真のようになっています。
どうでしょう?
思ったよりキレイと思いませんか?
私でも、この状況の写真だけを見たら歯科処置は必要ないと思ってしまいます。
これが、麻酔をかけて歯周検査とレントゲン検査をしないといけない理由です。
縁上歯石除去:見えるところの歯石除去
この部分がいわゆる歯石取りと聞いてイメージする部分です。
必ず行いますが、歯周病の治療のすべてではありません。
この部分はできるだけ効率よく素早く行っていきます。
この子は飼い主さんが歯磨きをしていたので見える範囲の歯石はそれほど多くはなかったです。
ただ、歯と歯の隙間は比較的歯石が見られました。
この部分は実は本来なら歯茎に隠れている部分です。
歯周病によって歯ぐきが下がったためにその部分の歯石が目視できるようになってしまったのです。
ただしく言えばこの部位にプラーク(歯石)があったから歯ぐきが下がったということです。
歯ぐきも腫れて盛り上がっておりまた色も赤黒くなっています。
歯肉縁下のデブライトメント
上でお見せした見える歯石はそのまま歯ぐきの中まで続いています。
また、見えるところに歯石がなくても歯ぐきの中に歯石があることがあります。
それらの歯石とプラークなどを歯を傷めずに除去することをデブライトメントと言います。
これが
歯周病を治す目的の処置では最も重要な処置です。 一部ですが紹介します。
下の写真は右側の上の犬歯の2本後ろの歯です。
検査のところでお見せした歯の内側です。
見えるところの歯石をとったので一見きれいに見えますがミラーを使って顕微鏡で拡大して観察した写真が下の写真です。
顕微鏡はさらに拡大が可能です。イメージでは下のような感じで観察できます。
歯石がはっきりみえます。
歯石があるということはこの場所に長い間プラークが存在して歯ぐきと戦ってきた証拠です。
そしてこの歯ぐきの中にある歯の根っこは本来体とくっついていたのです。
それが戦いに負けてしまいプラークの巣になっていたということです。
これを放置すると下の写真のように根っこの先までプラーク及び歯石に侵されて抜歯となります。
そうならないようにこの歯石及びプラークをとっていきます。
ミラーで確認しながら過剰に歯根を傷つけないように少しずつ超音波スケーラーという器具で除去していきます。
何もしていない状況では歯根は歯肉に隠れてしまうので手の感覚と歯根の形態をイメージしながらスケーラーを操作します。
少しとれたと感じたら確認です。
最初に比べれば取れていますがまだわずかに歯石が残っています。
再び除去します。
そして確認
かなり減りましたが、1㎜に満たない歯石がわずかに確認できます。
確認の際には風を当てているため歯根が見えますがスケーリングの際には歯肉があり見えない状況での作業です。
過剰に歯根にスケーラーを当てると歯を傷めるのでできる限りピンポイントで当てれるように行います。このピンポイントで1㎜に満たない歯石に当てるにはやはり高い倍率の視野と経験、テクニック(ミラーの画像を見ながらスケーラーを動かすのは慣れが必要です)、知識が必要となります。
この部分が一般の動物病院と歯科を本当に一生懸命やっている病院との違いになります。
皆さんがされたもしくはイメージする歯石取りはどうでしょう?

さいごに確認してこれで終了です。わずかに白い部分があると思いますが、歯根にはセメント質という組織があり歯石が長期ある場合などに白く見えることがあります。スケーラーを確実に当ててもぽろっと取れないものはセメント質の可能性があるため当院ではそのままにしています。
ルートプレーニングという言葉がありますが、日本語にすると根っこを滑沢(滑らかにする)ことで、この場合であればこの白い部分は除去すると思われます。ただしその場合必ずセメント質も一緒に除去されてしまうので当院では行っていません。
③定期的なブラッシング指導およびホームデンタルケア
歯科処置で一番大事な処置が歯肉縁下のでブライドメントと言いました。
それと同じかそれ以上に重要なのがブラッシング(歯磨き)です。
そして、繰り返しますが「歯磨きをしている」ことと「歯磨きができている」ことは別です。
当院では「歯磨きができている」ことを定期的に確認させてもらっています。
この子も処置後1週間、3週間、2か月と来院いただきブラッシング状況を確認させてもらいながら、ブラッシング方法をお伝えして正しいブラッシングができるようにさせていただきました。
ただしこの方の場合、今まで歯磨きをしていた子でしたのでブラッシング指導が可能でした。
今まで歯磨きをしていなかった方や、歯磨きをしたことはあるが嫌がってできない場合は正しい歯磨きの前に、歯ブラシのトレーニングが必要となります。この点は別の機会にまたお話できればと思います。
処置後一週間での再診時の写真です。

右に処置時の写真を並べましたが、歯ぐきの赤みと腫れがおさまっているのが確認できます。
これはデブライドメントによって腫れの原因を取り除いた効果です。
後はこれをブラッシングによって維持することが重要となります。
たった一週間ですが実はこの時にすでにプラークが再びついているのにお気づきでしょうか?
若くして歯周病になりやすい子はこのようにプラークができやすいことが多いように感じます。
このプラークの場所とそこの磨き方および使用する歯ブラシをお渡ししました。
これは2か月後の写真です。
歯ぐきの腫れもなくプラークも少なく維持できているように見えます。
「見える」と表現していますが、歯周病が治ったかどうかはやはり診察で見るだけではわからないのです。
④麻酔下での再評価、治療効果の判定、追加の治療(リトリートメント)
今回一番お伝えしたいポイントがここです。
最初の検査でもお伝えしましたが、見た目だけではどれぐらい悪いのかがわかりませんでした。
同様にどれぐらい良くなったのかも見た目だけではわかりません。
初回治療と同様に麻酔をかけて検査をすることで初めてわかります。
この子は初回治療から6か月後に再処置を行いました。
行うことはほぼ初回治療と同じです。
ただ、初回治療と違うのは前回のレントゲンの画像から現在の状況がイメージできることです。悪くなっていたらこれぐらい悪いだろう、良くなっていたらここまではよくなるだろうということがイメージできるのです。
初回治療で紹介したレントゲンや処置の場所と同じところは以下のようになりました。


上段が今回のレントゲンです。下の段は初回治療の時のものです。
実際の骨の端が黄色い線です。理想の骨の位置は青で示しています。
かなり理想の位置まで骨が回復しています。
回復して安定している骨はギザギザがなく滑らかになります。
赤い丸は初回治療の歯肉縁下処置でお見せしていた場所です。
ほぼ理想の位置まで回復しています。
一方、一部理想の位置まで回復していない場所もありますね。
この場所はおそらくどれだけ歯磨きを頑張って待っても回復は望めないと思われます。
まとめ:歯周病が治るという事
歯周病が治ると表現する場合、実際には二つの状況があると思ってください。
一つは骨が再生して、組織が本来の元の位置まで戻るという状況です。理想的には本来の状態までリセットできる事が望ましいですが、先ほどの画像のように完全に元の位置にまで戻すことは難しいことが多いです。
もう一つの治るという状況は、歯周病の進行が止まって、組織も炎症がなく安定している状況です。この状態を保つことができれば歯周病で歯を失うこともなく、また炎症の波及により全身への悪影響もない状態です。
実際には、両方の治るが混在するのですが最終的には後者の状況を目指していく事になります。
この子も本来の正常な状態であれば前歯の間に隙間はありません。
ですが、歯周病は治っている状態でも上の写真のように歯と歯の隙間が大きく空いています。
人でもこの歯間乳頭という三角形の部分を回復させることはかなり困難です。
ですので、ブラッシングを行ってプラークを除去しこれ以上進行せず全身への影響も出ない状況を目指すのが歯周病の治療と言えます。
何よりこの状況であればわんちゃんも違和感なく過ごしていけます。
皆さんも歯石取りをされる場合は
①初回治療でちゃんと治る歯科処置をしてもらう
②様々な工夫をして必ず歯磨きを毎日行う
③歯磨きができているか定期的に確認してもらう
④歯周病が治っているか二回目の歯科処置で確認してもらう
⑤定期的に歯科処置で確認およびリセットしてもらう
これらのことを行って歯周病を治してください。
皆様とそのワンちゃんが生涯を通じて楽しく過ごせることを願っています。
この治療を担当した獣医師
獣医師 樽野 謙太 /
たるのどうぶつ診療所(院長)
鳥取大学2008年卒、岡山県内の動物病院を勤務、2014年たるのどうぶつ診療所を開院。
動物歯科診療をはじめ、ワクチン予防接種や一般的な動物診療など幅広く診察を行っています。
治療を通してわんちゃん・ねこちゃんとのより良い関係を築いてほしい。
そのような想いをもってより良い獣医療の提供に努めています。
資格 | 獣医師免許 日本小動物歯科研究会レベル4認定 ペット栄養管理士 |
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