歯が割れて神経が出たわんちゃん「複雑性歯冠歯根破折」の治療
2020年9月14日
本症例の記録
犬種:ノーフォークテリア
性別:メス
年齢:2歳
体重:4.4㎏
- 病名:複雑性歯冠歯根破折
- 処置:生活歯髄切断術
- 処置時間:1時間10分
- 麻酔時間:2時間
- 麻酔状態:良好
わんちゃんのお口の問題で一番多いのは歯周病です。
そして、その次によく当院にご来院いただくのは「歯が割れた」わんちゃんです。
犬の歯が割れる原因とは?
わんちゃんの歯が割れる原因は、「硬いものを噛んだ」という単純な理由です。単純ですが、根が深い問題です。
世界的に、わんちゃんは固いもの(骨?)を噛むイメージが定着してしまっています。
一方、野生のオオカミは普通に食料(獲物)が摂れるときには、骨を噛むことはないそうです。骨を噛むのは食料が乏しくなってきたとき。恐らく歯髄の栄養を摂るために、骨を噛んで食べることはあるようです。
現代に生きているわんちゃんは基本的に飢えることはないため、固いものを与える必要はありません。
ですが、“狩猟”という一日の大半を占める仕事がなくなった現代のわんちゃんは、暇を持て余しています。そこへ“噛んでストレスを発散できるもの”が貰えると、喜んで噛んでしまいます。
本来は固いものを与えるより、一緒に遊んであげる時間を確保することが大事なのです。良かれと思ってしていることが、わんちゃんを傷つけることになってしまいます。
もしこの記事を読まれた方は、周囲の人にも『固いものをあげてはいけない』ことを教えてあげてください。
歯が割れた場合の治療方法について
さて、ここからは治療のお話です。
この子の場合、破折(歯が割れること)の分類のうち「複雑性歯冠歯根破折」という状態になります。「複雑性」とは歯髄(いわゆる神経)まで出てしまっていることを指します。また「歯冠歯根破折」は、歯の見えている所も、見えていない根っこ(歯根)も割れているという意味です。
この場合の治療を考えるうえで重要な点は、2つあります。
「複雑性歯冠歯根破折」の治療を考えるうえで重要なポイント
1.破折してからの時間
1つ目は、破折してからの時間です。
歯髄が出てしまった場合、そこで細菌が感染を起こします。そして時間が経てば経つほど、感染が広がりやすくなります。その為、歯が割れてから時間が経った場合は歯髄を抜く治療を行うか、歯を抜くことになります。
若い動物の方が歯髄が太く血管も豊富なので、神経を残せるタイムリミットも長い傾向があります。
一方、
2~3歳ごろになると、歯が割れて2日以上経った場合は歯髄を残せないことが多いと言われています。
2.歯の根っこがどこまで割れているか
2つ目の重要な点は、歯根(歯の根っこ)がどこまで割れているかです。
割れている歯を修復する場合、レジンというプラスチックを使用するか、鋳型を取ってかぶせものをします。しかし、歯の根っこの奥まで割れている場合、修復しても深いポケットができてしまいます。
また、治すところをきれいな状態に保つことが難しいため、修復ができません。
もちろん歯の強さもなくなるので、直したとしてもまた割れてしまうかもしれません。
治療を考えるうえでの重要なポイント【まとめ】
-
歯髄が出ていない
且つ、歯根が割れていないもしくは割れていてもわずか
→ レジン(プラスチック)等で歯冠の修復を行う。もしくはかぶせもので修復する。
-
歯髄が出ており、時間がほとんど経過していない場合
且つ、歯根が割れていないもしくは割れていてもわずか
→ 生活歯髄切断処置(途中まで歯髄を削って蓋をして残す)もしくは歯内療法(歯髄を抜く)や抜歯を行う。
-
歯髄が出ている
且つ、時間がある程度経過しており、歯根が割れていないもしくは割れていてもわずか
→ 歯内療法(歯髄を抜く)や抜歯を行う。
-
歯根が深いところまで割れている
→ 抜歯を行う。
今回のわんちゃんの症例
この子は、先述の通り「複雑性歯冠歯根破折」でした。
以下のように、歯が割れて歯髄が見えています。
割れてからすぐにご連絡いただき、歯根の破折が軽度であったため、生活歯髄切断処置で歯を温存することになりました。(先ほどの【まとめ】だと②のパターンになります)
なお、歯を残す方向で考える場合は他のいくつかの要件を考慮します。
- 費用
- 年齢
破折時の年齢が若い場合は残す意味は大きいが、反対に高齢の場合は後の負担を考えて抜歯の事が多い
- 将来的な麻酔リスクの上昇
短頭種や僧房弁閉鎖不全症が起きやすいかどうかなど
- 飼い主さんがオーラルケアをどれだけきちんと行えるかどうか
歯を残す=歯周病の可能性があるため
- 同じことが起きないかどうか
固いものを噛むことを防げない場合は再破折の可能性かなり高い
今回のわんちゃんの治療方法について
治療は以下のように行いました。
- クリーニング、防湿(ラバーダム)
少しラバーダムから出血が見えますが、この時点で歯肉を一部切除しているためです。この後ラバーダムの隙間をシーリングしています。
- 歯髄の切断、止血
- 歯髄覆
- ±裏層
- レジンでの修復
この子は歯根の一部まで破折していたため、歯肉の一部を切除しています。
また、この後定期的に歯髄が壊死していないかどうかを観察していきます。
わんちゃんの破折についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページもあわせてご覧ください。
わんちゃんの破折について
この治療を担当した獣医師
獣医師 樽野 謙太 /
たるのどうぶつ診療所(院長)
鳥取大学2008年卒、岡山県内の動物病院を勤務、2014年たるのどうぶつ診療所を開院。
動物歯科診療をはじめ、ワクチン予防接種や一般的な動物診療など幅広く診察を行っています。
治療を通してわんちゃん・ねこちゃんとのより良い関係を築いてほしい。
そのような想いをもってより良い獣医療の提供に努めています。
資格 |
獣医師免許
日本小動物歯科研究会レベル4認定
ペット栄養管理士
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破折について
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