乳歯晩期残存の子犬
2020年11月2日
本症例の記録
犬種:トイ・プードル
性別:メス
年齢:6か月
体重:2㎏
- 病名:乳歯晩期残存
- 処置:抜歯・外科的矯正
- 処置時間:20分
- 麻酔状態:良好
- 痛みの管理:局所麻酔 NSAIDs
- 使用機材:
エレベーター 歯科ユニット
新型コロナウイルスの影響でおうち時間が増え、子犬を新しく飼い始めたという話もよく耳にします。
人間と同じように、わんちゃんも乳歯から永久歯への生え変わりがありますが、子犬の時期に気を付けなければいけないのが乳歯の晩期残存(乳歯遺残)です。
乳歯の晩期残存とは
乳歯の晩期残存とは、乳歯と永久歯の生え変わりの時期に、乳歯が抜けるのが遅れてしまうことを言います。
この問題は非常に多い印象がありますが、正確な発生率はいまだ不明です。
圧倒的に小型犬に多い問題ですので、小型犬を飼い始めた方は気を付けましょう。
最近は、多くの病院で乳歯抜歯をされることが多くなった影響か、大人になっても乳歯が残っている子は少なくなった印象です。
ただ、乳歯を抜くのが遅くなったせいなのか、不正咬合になっている子はよく見かけます。
多くの場合、
適切な時期に乳歯を抜いてあげれば不正咬合は防げるので、生後5~7か月頃はこまめに乳歯の状態をチェックしましょう。
症例紹介
今回は、乳歯の晩期残存の子の症例を紹介します。
まずはこちらの写真をご覧ください。どれが乳歯かわかりますか?
黄色い丸を付けている部分が乳歯です。
上のあごと下のあごの、犬歯の乳歯が残っています。
上のあごの犬歯の永久歯は、乳歯の後ろに生えます。
また下の犬歯の永久歯は、乳歯の内側に生えます。
このような位置です。
内側に生えるので、このまま伸び続けると上のあごに永久歯の犬歯が刺さってしまいます。
この子はすでに上の歯茎に当たって傷ができていました。
黄色い丸を付けている部分に、浅い傷ができてしまっています。
このまま永久歯が伸びれば、さらに深い傷になると思われます。
ちなみにこの子の場合、乳歯の問題と他に、わずかですがクラスⅢの不正咬合が見られます。
- 下顎の1番の切歯のみが反対咬合なのでクラスⅠとも思われますが、クラスⅠでは顎の長さは正常という定義ですので、恐らく第三切歯の位置関係などから下顎が相対的に長いクラスⅢとしています。
乳歯を抜くタイミングについて
個体差が多いため一概には言えませんが、当院では犬歯が乳歯だった場合、以下を抜歯の基準としています。
- 永久歯が生え始めて2週間ほど経っても乳歯が抜けない場合
- 永久歯が乳歯の長さの2/3以上伸びても抜けない場合
- 犬種にもよりますが、およそ生後7か月を過ぎても乳歯が残っている場合
また、当院で避妊手術や去勢手術をされる場合、乳歯抜歯のタイミングに合わせてそれらの手術の日程を決めます。
基本的には下のあごの犬歯(乳歯)が先に抜けるため、下の犬歯(乳歯)が先述の基準に達した場合、それに合わせて上の犬歯(乳歯)を早めに抜歯することになります。
乳歯の抜歯の流れ
- 局所麻酔で神経ブロック
- レントゲンを撮って乳歯の曲がりや吸収度合いを確認する
- エレベーターという器具を使い、乳歯の頬側の骨を乳歯からはがす
- エレベーターを乳歯の前の方に差し込み、ひねって乳歯を脱臼させる
- 動揺が不十分であれば、周囲の靭帯を切るようにエレベータを挿入する
- 抜歯鉗子で抜く
- 根っこが折れて残ったら歯肉切開をして骨を削って除去
- 歯肉を縫合する
乳歯を抜く目的について
乳歯を抜く目的は二つあります。
一つ目は
不正咬合の予防。
二つ目は
歯周病の予防です。犬歯の乳歯が残っている場合、永久歯とのすき間にプラーク(歯垢)が付きやすくなります。プラークが溜まると歯ぐきが炎症を起こし、歯周病となってしまうため、予防のためにも乳歯抜歯は効果的です。
なお、歯周病予防の目的だけであれば、抜歯の際に歯の根っこが多少残っていても問題ないのですが、不正咬合予防のためには必ず根っこも取り除く必要があります。
抜歯前後について
抜歯前
抜歯後
犬歯の乳歯は、目に見えている長さの約2倍も長い根っこがあります。特に、吸収されかかっている場合は根っこが折れてしまうこともあるため、抜歯も大変です。抜歯後は取り残した根っこが無いか、レントゲンできちんと確認をします。
抜歯してから1か月後
抜歯から1か月経つと、このように大人の犬歯がしっかり生えて、歯ぐきに刺さらない位置まで移動しています。
正常な犬歯の位置関係で言えば、下の犬歯はもう少し後ろでしょう。正常な位置まで移動しようとすると、矯正が必要になります。
この子の場合、この位置でも生活上は問題ありません。
まとめ
顎の長さが正常であれば、多くの場合は適切な時期に乳歯を抜くことで、犬歯の不正咬合を防ぐことができます。
ただし、抜歯の際には歯の根っこを残さないことが大切です。
生後5~7か月ごろはよくチェックをして、必要に応じて適切な時期に乳歯を抜歯しましょう。
この治療を担当した獣医師
獣医師 樽野 謙太 /
たるのどうぶつ診療所(院長)
鳥取大学2008年卒、岡山県内の動物病院を勤務、2014年たるのどうぶつ診療所を開院。
動物歯科診療をはじめ、ワクチン予防接種や一般的な動物診療など幅広く診察を行っています。
治療を通してわんちゃん・ねこちゃんとのより良い関係を築いてほしい。
そのような想いをもってより良い獣医療の提供に努めています。
資格 |
獣医師免許
日本小動物歯科研究会レベル4認定
ペット栄養管理士
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動物歯科について
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